2015年9月4日金曜日

私が思うtwitterの使い方

私はtwitterの使いやすさ、効率よく情報を獲得でき手軽に人生に彩りを与えてくれることを知っています。
 
要約
一、twitterは便利なもの。しかし使い方を誤れば危険

二、ネット時代でも人の思いやりは存在する

三、テーマを決めてアカウント管理すると、人生の質が向上する。





twitterというものはsnsで気軽に世界中に自分の知識、見解、状況を伝え、他人のそれを知ることが可能なサービスです。既知であると思いますが。。。
しかし、同時にもそれは自分の失敗や過失を世界中に即刻暴露され拡散されてしまうのも事実です。
 しかし、私はそれでも十二分に補余る程の快適性、豊かな自己の形成もあると信じています
なぜなら、twitterは自分に必要な情報を取捨選択して取り入れる事が出来、手軽に様々な人間の意見を把握出来るからです。しかし、中には自分の意にそぐわない意見にクソリプと烙印を押している人を偶に見かけることがあります。
それは、とても不幸な事であると、思います。様々な色を持つ人間の中の抽出されたたった一つの意見を受入れないのは、自分を損しています。勿体無い!
受け入れられない意見でも知っているかいないかで変わります。私は大きな人物になっているという精神的満足感が持て日常がより鮮やかに変わります。最悪、この手の人に免疫を持てたとも思えるでしょう。

次に、矢鱈とネット社会は思いやりに欠けていると言われていますが、果たしてどうでしょうか?
私は海外のネットいじめに遭ってた人を励ますためにsnsを利用して彼の為にパーティーを開いた人。ある一部の人間が悪いという風な世論に疑問を投げかける人。を知っています。
ですから、私はそうは思いません。
悪いものが目立つことは仕方がないでしょうが、そういうこともあることを知る必要があると感じます。それに、ネットで完結する時代は終わって、ネット社会と現実社会が緩やかに繋がりつつあるとおもいます。趣味を通じたオフ会や動画配信でトークする人たちやネットからデモに参加する若者たちが目立ち始めている事からも分かると思います。(勿論、危険もあります!)
加えて、人の役に立つbot(所有者がツイートを管理してプログラムが自動でツイートするアカウント)や受験、勉学、趣味の助けになるアカウントも沢山あります。フォロワー稼ぎと言われるかもしれませんが、こんな面倒な事、そんな承認欲求を満たすだけに作るとは思いません。どのアカウントにも必ず少量の思いやりが含まれているでしょう。

最後にtwitterは自分のアカウントのテーマを決めるとより楽しくなると思います。
 たとえば、野球に興味あるのなら野球ニュース、好きな球団、そのファンをフォローする。気に入った人なら現実でも会ってみるのも楽しいでしょう。モテモテになりたいなら、ファッション関係、異性の恋愛観についてつぶやく人、その目的と同じ人をフォローして筋トレ・ダイエットなどで競争するなど楽しみ方があります。
 これらの共通点は、自分に還元されるかどうかです。
スポーツ、趣味には現実と直結して考えられるのにネットは違う。ネットと現実は分け隔てられている。そう感じたことある人はいないでしょうか?
実際、私は昔はその様に考えていましたが、友達の話を聞くにつれ、そうではないと知りました。私はネットは現実を盛り上げる存在だと思っています結局のところネットも現実の中にあるわけですからね。

長くなりました。此処までお付き合いいただき有難うございます。
ご意見ございましたら気軽にどうぞ。

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