2017年1月18日水曜日

私はスマホよりタブレットとガラホの組み合わせが便利だと思う。


最早、ラップトップPCと同等の性能を持つようになったスマートフォン。
それと同様に、手に入れられる情報量もラップトップPC並みになる筈だが、情報量は昔のままだ。
なぜなら、スマートフォンの画面サイズは昔と比べても、あまり変化が無いからだ。

ここで、みなさんに質問しますが、文庫本のサイズにも満たない画面サイズで、
莫大で複雑な情報を処理できると思いますか?
私は難しい事だと思います。

ガラケーの流れでスマホを購入している多くの人は、気付くべきだ。
スマートフォンは《小さな電話機》ではなく、《小さなPC》なのだと。

そして、あなたの目的、ライフスタイルに相応しいものなのかを考えるべきだ。


もし、あなたがSNS、ウェブブラウジング、ゲームを主な目的としているのなら、
iPadなどのB5サイズ大のタブレットをお薦めしたい。

そのサイズでの、ブラウジング、ゲーム体験はスマホでの体験を、軽く凌駕する。
もう、スマホには戻れないくらいに…

なかには、通話ができないから仕方なく。スマホを選ぶ人もいるだろう。
そこで、ガラケーだ。
タブレット、ガラケーでの運用であれば、問題はない。
使用料金も大きな違いはない。(詳しくは、ご利用の通信キャリアにお問い合わせください。)
二つのデバイスを持つことに、些か面倒臭さを感じなくはないが、この程度の問題は直ぐに慣れる。
と言うよりは、メリットの方に気づく。ガラケーがあると屋外でのゲーム・SNSをバッテリーを気にせずに十分に楽しめることが可能だからだ。

とは言っても、本当に素晴らしいかどうかを判断するのは、あなた自身です。

本当に、スマホがあなた自身の目的・ライフスタイルに相応しいものなのかを
考えて、より快適な日常を送ることを、私は願います。













沖縄での散歩


沖縄の散歩は、本当に飽きさせない。
新旧、東洋・西洋を問わない全く統一性を持たない建物が並んでいるからだ。
そして、県民性なのか住宅地であっても、管理されない緑の群れが、沖縄らしい風景を作り上げる。



日本の中で、赤道に近い太陽に近い地域であるので、冬でも太陽の陽射しが強く。
ハイコントラストな絵を見せてくれる。

沖縄は面白い!


2017年1月16日月曜日

鬱を思う。

鬱に関係のない人も読んで見てください。

私のうつに思った事としては、
鬱病は自分から見た自分と人から見た自分を最悪の方向に歪めてしまいます。
これはまるっきりの嘘ではないが、かなりの脚色があると認識する事。
そして、その部分を限定する為に、日記などに思ったことを書き出す。
書き出す事だけでも、落ち着きます。それに人に見せて客観的に見つめ直すこともできます。

そして、重要なことは、
辛いことは、永遠に続かない。明けない夜はないように…
自分のダメな部分も愛してくれる人がいる事を強く思い出す。

あなたの愛する人に嫌な部分があっても、あなたはその人を愛していると同様に…

最後には、自分自身の全てを愛すること


此方の記事もどうぞ



2017年1月14日土曜日

私のお薦めの作品



『その願いは、君にとって魂を差し出すに足るものかい?』ー魔法少女まどか☆マギカ

当作品では、少女は願いを叶える代償として、魔法少女として苦難の道を歩むことになる。
しかし、現実に於いては、願いの実現を前借りすることはできない。

この作品は、夢を実現するのには、それ相応の辛苦が伴う事を、倒置的に表現しているのだと思った。
夢の実現〈成功〉の輝かしい側面ばかりに、目がいってしまう私たちに、世界の複雑さを再確認させる為に

そして、願いを叶えた彼女達は戦い、困難の中でも、それでも生き続けていく。

私はそこから思う、生きるということは、夢を叶える、成功するというゴールが決められているもの。ではなくて、ただ大切な人達の為に命が尽きるまで、歩き続けることだと

ゲームを思う。

ゲームは大衆娯楽であると同時に様々なものを総合した芸術でもあるのではないか?
それに触れることで、心が揺れ動く、心を喜ばせることが出来るものはゲームも、芸術も同じ事だと思う。

そう考えると、心を動かすものは全て芸術と言っていいのかもしれない。

ひと昔まえに、MGSで知られる小島秀夫さんを監督気取りと揶揄した言説が掲示板で広がっていたが、彼はゲームを娯楽という括りだけでなく、芸術としての価値を前々から見出していたのだと思う。

私が芸術に於いて大切だと思うことは、人の心を揺れ動かす、伝えたい何か。

ここ最近の、日本のゲーム業界の不調はクリエイター達に伝えたい何かが、なくなっているのではと思えてならない。

おそらく、原因は想像力、創造力を養う休みだ。

アイデアを、想像を生み出すのには、自由な時間が大切なことは、誰でも気づいていることだろう。

因みに、海外との待遇の比較が、書かれてい記事です。




日本のゲーム業界を、創り手として支える人は勿論、受け手として、支える私たちにも、大きく関係する問題だ。
私たちに何ができるかを考え、

芸術家、表現者としてのゲームクリエイターを守るべきである。

私のお薦めのアプリ


みなさん、小学校の時にあった 「頑張りノート」を覚えていますか?
これは、頑張りノートの頑張りによって、先生からご褒美が貰えるシステムです。

このシステムを大人でも出来るようになったアプリがあります。

「自分ルール」というアプリです‼︎

私たちが達成したい目標を先に決めて、
このアプリはポイント制になっていますので、
目標達成の助けになるタスクたちに、其々ポイントを振り分け、タスクをこなす事でそれらのポイントを獲得して、ご褒美となる楽しい事でポイントを消化させて、怠けさせる事を防ぎます。

このアプリは、大切なタスクを怠けて、楽しいことだけを貪る私たちに、漸進的でメリハリのある生活を与えるものとなっています。

2017年、達成したいことがある人は、是非!試してみてください!



Naoki Oguchi「『自分ルールポイントプログラム』目標管理、目標達成の習慣化のための記録アプリ」
https://appsto.re/jp/jXdO7.i


2017年1月6日金曜日

日記の必要性について

日記を書く事は自分の行動・思ったことを記して、その時の自分の世界を残すことだと私は思っています。
自分の世界を残す事は、気恥ずかしいものですが、
自分が歩んだ歴史を多面的に見つめ直させる。
自分という人間を四次元の物体として掴むことができる。

一面的な自分ではなく、失敗・苦しみ・未熟さ、成功・喜び・成長などの
様々な正負の要素を含んだ自分がいて、過去の自分に気づくことによって、
未来の自分にも具体的に想像し、過去と未来を断絶した現在の自分は消え、
自分自身を重みを持った主体として、行動ができるようになる。


私が日記を書き始めたきっかけとしては、自分を変える為。

とは言っても、初めは自分を知ることみたいな大層な目的ではなくて、
自分の欠点を改善していく為だけにしていた。リマインダーの様な…

だが、やり始めると意外と面白く、自分の欠点・問題をゲーム感覚で潰していった。
達成できない時の方が多かったけれど、この時、産まれて初めて生きているという感覚を持った
(日記を書く事で、副次的にコミュ障が治った。)


そこから思うに、日記は自分の成長を楽しむもの。
観葉植物に新芽が芽吹くのが嬉しい様に、
時系列の線から見た、様々な要素を含む立体としての自分を発見できることだ。


日記を書き始めることは、誰にだって面倒なことだけれど、
そこに到達してからこそに、見えてくる新しい世界がある。


日記は今まで見えてこなかった、複雑な自分を見つめ、受け入れることと同義である。